Sghr スガハラ 菅原社長インタビュー
デザインから製造までの行程を職人が全てこなす千葉県九十九里のガラス工房、Sghr スガハラ。 彩り豊かな景色に佇む小さな工房からは毎年、「暮らしの中でガラスに思い入れを重ねてもらいたい」と願いの込められた製品が数多く生み出されている。そんなガラスの持つ美しさを最大限に引き出すハンドメイドならではのこだわりを、社長、職人、それぞれの目線で語ってもらった。
JAPANTWO(JP2):Sghr スガハラ設立について教えてください。
菅原 裕輔社長 (菅原氏):この会社は83年前(1932年)に私の祖父が設立しました。その頃は東京の下町でガラス産業が非常に盛んで、このSghr スガハラも設立当初は下町にあるガラス工場のひとつとしてスタートしました。当時はいわゆる下請け工場で、問屋さんが持ってくる型通りのガラス商品を作るという仕事をしておりました。そして、52年前(1963年)にこの千葉県九十九里に移転して、その数年後には自分たちでデザインから考えて、ハンドメイドのガラス製品を販売するというかたちになりました。
JP2:九十九里を選んだ理由
菅原氏:東京の下町にある小さい町工場だったということもあり、祖父が「もっと良い環境で製品づくりがしたい」と工房の用地を探したそうです。その頃、たまたま祖父がプライベートで九十九里にお花見に来たそうなのですが、この温暖な房総の気候が気に入ってこの九十九里に決めたそうです。このSghr スガハラの工房の周りにも沢山の桜の木が植えられていて、シーズンになると見事に桜が咲いてとても綺麗なんですよ。
JP2:ガラスの魅力
菅原氏:まず、一つ目の魅力は、ガラスが「ケイ砂」という砂から出来る天然素材だということです。二つ目の魅力は、ガラス製品ができるまでの工程です。ケイ砂を約1400度で加熱することで溶けて液体状になるのですが、その液体状のガラスを竿に巻き取り、息を吹き込むことで様々なカタチが生まれます。陶器などの焼き物は手でカタチを作ると思いますが、ガラスの場合は息を吹き込むタイミングによって色々なカタチに変わるんですよね。このカタチは、手や型では生み出せないガラス特有の表情であり、柔らかい物体だからこそ作り出すことが出来るものなので、これは他の素材にはない魅力ですね。また、その柔らかいガラスが固まるまでの間に「どのタイミングで、どのくらいの息を、どのくらいの力で吹き込むか」によってカタチが決まるという工程自体も、ガラスの魅力だなと感じますね。
JP2:素材となる砂にこだわりはあるのですか?
菅原氏:ありますね。ガラスの素材で一番大事なことは「いかに鉄分が含まれていないか」ということなんです。普段目にする板ガラスって表面の色が緑に見えますよね?あれは鉄分の色なんです。あの緑色が出ないようにガラスに混ぜるものなどもあるのですが、やはり元々鉄分が少ないものを使うのが一番良いんですよね。でも、いま国内では良い砂がほとんど取れないので、うちはオーストラリアから砂を輸入しています。
JP2:ガラス作品を作る面白みはなんだと思いますか?
菅原氏:少し難しい話かと思いますが、ガラスというのは組成上は液体に限りなく近いんです。陶器などの焼き物の場合は焼いて固まってしまったら、もう前の柔らかい土には戻せませんよね。でもガラスのコップというのは、徐々に熱していくと溶けていって、カタチをつくる前と同じ液体状のガラスに戻るんです。水を凍らせると氷になり、溶けると水になるのと同じように、液体状のガラスが固まってコップのカタチのまま動かなくなり、熱すると溶けて液体上に戻る。こういう他の素材には無い特性を持っているおかげで、色々制約もあって難しいながらも、可能性が沢山ある。そこがガラスの魅力でもあり、面白さでもあるんですよね。
JP2:スガハラが他の工場と違うところは?
菅原氏:スガハラには上は65歳、下は20歳といった幅広い世代の職人約30人が活躍しているのですが、他の工房に比べて若い職人が多く、女性の職人が多いというのもガラス工房としては珍しいですね。アーティストと呼ばれるガラス作家さんの場合は女性も多いですが、ガラス工房で女性が職人として働いているというのは、世界的に見ても非常に稀です。
JP2:なぜ、そのような体制になったのですか?
菅原氏:私たちの開発方法が少し特殊だということが理由です。普通ですと企画やデザインをする人が別にいるので「その人たちが考えた製品をいかに正確に再現するか」ということが職人にとって大切になってきます。しかし、Sghr スガハラでは企画やデザインを考えるところから製作まで、全て職人たちが行なっています。うちのように全て職人たちが担っていると、「生み出す」ということに興味がある若手が必然的に増えるんですよね。"
JP2:今の体制で、一番のメリットは?
菅原氏:若手の職人たちは、アイデアは沢山あってもまだ技術が足りないので、まだ出来ないことも多いんですよね。そんなときはベテランの職人たちが仕事を教えたり、若手が考えた製品をベテランが作ったりしています。そうすることでベテランと若手のコミュニケーションも生まれますし、技術も伝承されていきます。また、若手と一緒に働くことで、ベテランも若手のフレッシュな感覚を持てるようになるんですよね。特にうちのベテラン職人たちは若い人たちの柔軟な思想に合わせていける人ばかりなので、彼らベテランが考えるアイデアも本当に柔軟で驚くようなものが多いです。だからベテランと若手がお互いに足りない部分を補い合って、お互いの良い点や技術を吸収していけるというのが、大きなメリットじゃないかなと思います。
JP2:男性が作る作品と女性が作る製品で何か違いや特徴はありますか?
菅原氏:ないですね。私たちの中にある「男性らしさ」「女性らしさ」という概念はかなり裏切られました。時代もあるのかもしれませんが、女性が大胆な製品を作ったり、男性が繊細な製品を作ったりというのも多いですよ。
JP2:デザインはどのように考えていらっしゃるのですか?
菅原氏:うちが重視しているのは良いデザインを考えることよりも「ガラスの綺麗さを最大限に引き出した製品を作る」ということなんです。常にガラスの綺麗さをそのまま製品に閉じ込めるにはどうしたらいいのかを考えて、素材によって作り方などを開発しています。だから大げさに言ってしまえば、「この素材の良さを活かして製品を作ったら、まだ用途は分かりませんがこんなに良いものができました」ということもよくあるんですよね。
今回依頼を頂いたフロリレージュさんのワイングラスに関しては、初めにワイングラスという用途の指定を頂いたので、シェフとワイングラスの在り方についてよく話し合いを重ねてから作っていきました。
JP2:Y毎年多くの製品を出されていますが、新しい製品のアイデアが出ずに困ることはありませんか?
菅原氏:ありませんね。アイデアなしで製品を作って、完成してから用途を考えることも多いですし、「一部分を変えたらこうやって使えそうだな」と次の製品作りに繋がるアイデアが出ることもあります。毎年、様々な色やカタチで200点以上の作品を出していますが、アイデアがなくても製品は生まれますし、完成した製品の数以上にアイデアが生まれています。だから技術面で苦労はしても、アイデアが浮かばなくて苦労したことはないですね。
JP2:Sghr スガハラがこだわっていることは?
菅原氏:「暮らしの中で皆さんにSghr スガハラの製品を使ってもらうこと」です。どんな製品を作る場合でも、飾りや置物のようなものではなく、暮らしの中でちゃんと使えて、皆さんの暮らしがさらに素敵になるようなものを作る。これは、全ての製品に共通したルールとして決めていますね。
あと、うちの製品の場合、高額な値段はつけませんが、手軽に買える値段でもありません。でも「ものづくり」としてはすごく安い値段をつけています。そういう値段をつけている理由も、暮らしの中で皆さんに使って頂きたいと思っているからです。日々の生活のなかで使っていって頂いて、万一割れてしまっても買い足せるような値段でお届けしたいと思っています。
JP2:海外での活動は何かされているのですか?
菅原氏:活動ではありませんが、うちはチェコの工場と提携を結んでいます。芸術作品をメインとしていてボジェック・シーペックという建築家の製品なども作っている工場なのですが、そこの職人がうちの工房に来たり、うちの職人がチェコの工場に行ったりして技術交流をしていますね。
JP2:チェコの技術と日本の技術では、どのような点が違いますか?
菅原氏:チェコの人は体格が良いので、大きいものや大胆なものを作るとなると適わないですね。でも繊細さや丁寧さ、技術の細かさでは、うちの職人の方が圧倒的に秀でています。チェコの職人が来ているときは、うちの職人が彼らの製品づくりを補助したりするのですが、それだけではつまらないのでチェコの職人にうちの製造ラインに入ってもらって、うちの製品を作らせたりするんですよね。でも、世に出せるものはひとつも出来ないですね。
JP2:どういった点で世に出せないと思うのでしょうか?
菅原氏:例えば、口にあたる部分の厚さを1.2mmと決めている製品をチェコの職人につくらせたとします。彼らの感覚では1.2mmも1.5mmも同じなので、厚さが正確に1.2mmで、一点の曇りもない作品をつくるというのは至難の業なんです。
また、作っている製品に少しでも溶けていない砂が混じっていたら、うちの職人の場合はどんなに完成が近くてもその場で壊します。でもチェコの職人の場合は「なぜここまで作っておいて壊すんだ」と怒るんです。うちでは異物が入っているものは製品にできませんが、向こうではそういうものも製品にしてしまうんですよね。それが許されるか許されないかというのは、やはりその国の消費者の価値観だと思いますが、日本の消費者の場合は「品質」というものに厳しいですからね。だから、海外に比べて日本の職人や技術者は、繊細な作業や緻密な作業を行なう技術が育ったんだと思いますね。
JP2:海外と提携をしてよかったなと思うことはありますか?
菅原氏:たまにチェコの提携先の工場に行くと、他のヨーロッパの工場では見ないような繊細な作品を作っていたりするんですよね。そういうのを見ると、お互い自分の国にはなかった技術を学び合えているんだなと感じるので、良かったなと思いますね。
あとは、私たちも日本ならではの価値観を啓蒙していかなければならないという課題を見つけられたので、よかったなと思います。私は前職で革のハンドバックを制作していましたが、革に付いた傷は日本ではキズモノとなるので、全く受け入れてもらえません。でも海外では、その動物が生きていたときに付いた傷は本革の証として喜ばれるんです。そういったその素材ならではの価値などを伝えるという活動は、ガラスでもやっていきたいなと思います。
JP2:今後挑戦したいことや目標はありますか?
菅原氏:今後の目標は「日本発のワイングラス」を作ることですね。最近、ヨーロッパのシェフにもうちのグラスが評価され始めているのですが、ワイングラスだけはまだ全く支持されていないので、今はそこが私たちの課題だと思っています。ヨーロッパのワイングラスというのは、ワインを入れたときの香りや口当たりといった理論の上でつくられているので、正直適わないといえば適わないんです。でも、香りや口当たり以外でも、こだわれる部分というのは沢山あると思うんですよね。この前、フロリレージュさんからワイングラスの依頼を頂いたおかげで、本格的にワイングラス作りに取り組めるようになったので、今後はもっとガラスの透明さや足の細さ、持ち心地といった部分を突き詰めて、ワイングラスを作るというのが目標です。
あとは、もっと私たちが作ったものを知ってもらえる機会だったり、環境だったりを作っていきたいと思っています。「Sghr スガハラだからこそ、製品に光るものがある」ということを広めていきたいですね。
JP2:Sghr スガハラの作品を通して何を伝えたいですか?
菅原氏:うちの製品は高級なレストランでも使って頂いていて、お料理を美しく演出するお手伝いもさせて頂いています。もちろんそれも嬉しい事ですが、一般の方々に生活の中でガラスを楽しむことを知ってもらいたいです。「このお皿に盛るだけで、いつもの料理がこんなに違って見えるんだ」とか「一日の終わりに夫婦で晩酌をするにはこのグラスがいいな」というように思って頂けたら嬉しいですね。
買ってきたお惣菜でもいいので、是非うちの製品に盛って食べてもらいたいです。絶対にその違いに気づくと思います。
Sghr スガハラ
Websitehttp://www.sugahara.com/