フロリレージュ シェフ 川手 寛康氏 インタビュー
東京を代表するフレンチレストラン「フロリレージュ」。2009年のオープン以来常に満席を維持して、予約が取れないお店として他の追随を許さないお店になりました。常に新しい食材や調理法を取り入れ、2015年の3月に満を持して新しいコンセプトのもと移転オープン。第一回目は、川手寛康シェフに、料理人になるきっかけや、幼少時代、そして今度の移転オープンの抱負などを伺いました。
JAPANTWO(JP2):まずはじめに、料理に興味を持ったきっかけを教えて下さい。
川手寛康シェフ (川手氏):家族は勿論、親戚までもが料理人という家庭環境で育ちました。興味を持ったというより小さい頃から料理は身近な存在でした。両親が洋食屋を営んでいたので、特に教えてもらうわけではなかったものの、一緒にいる場所はいつも調理場でした。
JP2:小さい頃から料理が身近な存在だったとのことですが、それを仕事にしようと思った理由と、なぜフランス料理だったのかを教えて下さい。
川手氏:料理人になるしか選択肢はなかったという感じです。幼稚園の頃なんて、料理人になるか*アンパンマンになるかどっちかしかないと思っていました。それぐらい料理人になることしか考えられませんでした。そのため、他の職業に興味を持ったことすらありませんから、今後も料理人を辞めることもありません。ただ、フランス料理を選んだというのは重要なところで、本当に凄く迷いました。高校生の頃に決断したのですが父親は洋食、兄が中華、従兄弟は寿司屋だったので、「自分に合うのは何料理なのだろうか」と高校生なりに頭を抱えました。その頃から実際のお店で研修をさせてもらっていたのですが、やはりフレンチは魅力的でした。和食も中華もどれも全部良いのですが、フレンチは自分の想像を超えた味に巡り合える、これなら一生かけて探究していけると思ったのが決め手です。それからはフレンチ一本で勝負してきました。
JP2:下積み時代はどのような経験をされましたか。
川手氏:我々料理人の下積みは、本当に塵を積むような地道な作業しかなく、当たり前のことを一つ一つ覚えていくといった毎日です。良く器用な人が飛び級だの何だのと言いますが、料理人に飛び級なんて有り得ないですね。本当にコツコツ下積みするほかありません。今でもそれは変わらなくて、「あなたのフランス料理について教えて下さい」と聞かれればもちろん答えることができます。しかしながら、「フランス料理とはなんですか?」と聞かれてもフランス料理のフの字も自分はまだ理解できてないのではないかと考えていて、その答えはわかりません。今でも下積みを続けていると心に刻んでいます。
JP2:それでは、ご自身が考える川手さんのフランス料理について教えてください。
川手氏:私のフランス料理は創作フランス料理です。日本で作るフランス料理にこだわっています。日本でしか出来ない、東京でしか出来ない、さらにいえば、ここ神宮前で私しか出来ないのが私のフランス料理です。
JP2:独立を考え始めたのはいつ頃からですか。
川手氏:料理人になる前から考えていましたが、具体的に決めたのは23歳頃で、初めてスーシェフを任されたときです。その頃に20代の内に絶対自分の店を持とうと決心しました。私の中で独立するのは当たり前でしたので、特別なことではなく、常日頃、準備をしていたという感覚に近いです。
JP2:お店で使う食材を国産にこだわっている理由を教えて下さい。
川手氏:逆に言えばなぜ海外の食材を使わなければならないのかといった感じです。日本にいながらして、海外からフォアグラを取り寄せる意味がわからなくなったのです。そのため、フォアグラ、キャビアのような食材にこだわらず、日本の食材を使ったフランス料理を作りたいと強く思っています。それは、私にもお客様にも、日本の食材は日本人に合うからだと考えています。そのため、日本の食材にこだわって料理をしています。
JP2:いわゆる、フランス料理の固定概念に縛られすぎない料理が出来る理由は何ですか。
川手氏:一般にいわれている、フランス料理という概念が作られてきたように、自分が決めるフランス料理があってもよいのではないかと考えています。料理に国境はないですし、誰がどのように調理するかは自由です。概念というものはただの先入観にしか過ぎないと思っています。私が思う概念に対して誰が賛同してくれるかどうかという話です。
JP2:その柔軟性は川手さんご自身の性格から生まれるものですか。それともこれまでの経験からでしょうか。
川手氏:柔軟性に関しては、経験から生まれたものです。昔からこの様な柔軟性を持ち合わせていたわけではありません。この料理という仕事を通して、色々な方々の話を伺ったり、実際に現場を見せて貰ったことで柔軟性を養ったのだと思います。
JP2:フロリレージュをオープンさせた時と、リニューアルされる今とで大きな違いはありますか。
川手氏:一番大きく変わったのは私自身です。5年前の私は、目の前の食材をどうやって料理することで、目の前にいるお客様に美味しいといっていただけるかを考えていました。今は、お客様に何を感じてもらうか。さらに言えば、何を与えることができるか。どのようなことを記憶させて、そのさきには、その方の行動に繋がるかを考えています。つまり食を体験して欲しいのです。「食=美味しい」から「食=幸せ」を目指すようになりました。「食=幸せ=美味しい」にはなりますけどね。その私の中の理が一番大きな変化です。
JP2:今回のリニューアルを契機に、オープンキッチンにした理由を教えて下さい。
川手氏:もともとこのようなオープンキッチンの形式にすることは考えていませんでした。しかし、リニュアール前に構想を練っている際に、私達がやりたいことに照らし合わせると、このような形になりました。このお店では13種類のコンセプトにあわせた料理を提供します。さらには、ドリンクも、全てペアリングにする予定です。そうしますと料理を提供するサービス側の人数がどうしても足りなくなってしまいます。そこで自分たち料理人が運べばいいのだと気が付きました。そもそも私は料理を運ぶ適任者だったのです。料理は食材を育てるところから始まっていて、その生産者の方とお話ししている私にしか伝えられないことがあります。それを実現するにはオープンキッチンが理想の形でした。
JP2:一つのチームとして一緒に働くシェフやギャルソンの方に求めていることは何ですか。
川手氏:沢山ありますが、食材の生産から始まる料理というものを、お客様にしっかり提供できるチームを作りたいです。そのためには、日ごろから積極的に私に質問してきてほしいですね。シェフだから聞けないではなく、シェフだから聞いてきて欲しいです。でも、この形はまだ誰もやったことのないものなので、一生かけてお店もチームも作っていきたいと思っています。
JP2:料理を通してお客様に感じていただきたいことはありますか。
川手氏:勿論、13種類のコンセプトを楽しんでもらいたいとは思いますが、単なる押し付けにしたいとは思いません。どう感じるかは、お客様の経験や人生観によって異なりますので、あくまで私からは問いかけるという姿勢ですね。
JP2:これから目指す料理人として、人としての理想像をお聞かせください。
川手氏:技術面で日本や世界の料理人に対して尊敬する思いを忘れたことはありません。しかし、料理人として、どのような人になりたいかといった理想像はあまり深く考えたことがありません。コツコツと目の前のことを積み上げていったものが結果になるとしか考えていないため、いまできることに最善を尽くすという一言につきると思います。
*アンパンマンとは子供に人気がある日本のアニメキャラクターです。
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